アニメノギス

理屈っぽいアニメレビュー

『刻刻』のレビュー:★★★★(4.0)

 

静止世界でサバイバル。先の読めない展開とスリリングなスピード感。

 

アニメレビュー6本目。今回は2018年冬アニメの『刻刻』をレビューする。2018年冬には、前回紹介した『よりもい』に加え、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』 や『ゆるキャン△』などの名作が放送された。これらの作品をビッグタイトルとすれば、『刻刻』はダークホースと言える。放送前の期待値はそれほど高くなかったものの、ふたを開ければ上記のビッグタイトルに引けを取らない面白さだった。

 

作品のジャンルとしてはいわゆる「サバイバルもの」に近い。主人公、祐川樹里の家には代々受け継がれてきた不思議な石があり、その石には世界の時間を静止させる力があった。(石の使用者のみが止まった世界(止界)の中を自由に動くことができる。)この石を狙う悪い奴らが祐川家を襲撃し、止界での殺し合いに発展していくというのが物語の大筋。

 

刻刻』の美点は「テンポの良さ」と「キャラの魅力」だ。殺し合いなので雰囲気が暗くなりがちなジャンルなのだが、この作品には重苦しくなりすぎない軽妙さが備わっている。例えば『BLACK LAGOON』は非常に見ごたえのある作品だが、題材的にも密度的にも一気観するにはちょっと重厚すぎる。対し、本作はストーリーのテンポの良さに加え、適度に愛嬌のあるキャラクターたちのおかげで重苦しい雰囲気が中和されている。

 

また、これはかなり個人的な趣味趣向の話になるが、『刻刻』は単純な勧善懲悪ものではないところが良い。「悪い奴にもそうなるだけの理由がある」という当然な真理が包み隠さず描かれており、これがストーリーに深みを与えている。また、最終回の大オチもこの価値観があるからこそ成り立っている。

 

OP・EDやキャラクターデザインには独特のクセがあり、初見ではとっつきにくい印象があるものの、誰が観ても楽しめるシナリオデザインに関して言えば、極めて優等生的な作品であると言えるだろう。

 

軽快なテンポ

上述の通り、『刻刻』のシナリオは「石」の争奪をベースとしたサバイバルだ。石の争奪戦の中で様々な利害関係が渦巻き、裏切りや駆け引きが展開していくのだが、『刻刻』はとにかくこのテンポ感に優れている。無駄な状況説明やサイドストーリーはなく、メインストーリーがテンポ良く展開され、刻一刻と事態が変化していく。それでいて状況把握はしやすいように作りこまれている。また、いずれの回も、早く続きが観たくなるようなヒキができている。

 

第一話からもそのテンポ感ははっきりと感じ取れる。第一話の構成をざっくり説明すると、

 

日常パート(樹里の家庭環境の説明)

⇒ 樹里の兄と甥っ子が誘拐される

⇒ 二人の救出のため、樹里一行が止界術を発動(ここまででAパート)

⇒ 救出に向かった樹里・祖父・父が敵から襲撃を受ける(止界を発動した人間以外は動かないはずなのになぜ??)

⇒ 一時撤退を試みる樹里たちだったが、甥っ子を人質にとられてしまう

⇒ 謎の怪物が出現。甥っ子を人質にとった敵メンバーが怪物に襲われて死亡

⇒ エンディング

 

という流れになっている。

 

これは僕の個人的な見解だが、アニメというのは基本的に第一話は盛り上がりに欠けるものが多い。どうしても状況説明・導入部分に費やされる割合が多くなってしまい、相対的にストーリーの山場の部分の情報量が低下してしまうからだ。かといって状況説明を省きすぎると視聴者置いてけぼりの状態になってしまう。

 

しかし『刻刻』の第一話はその課題を見事にクリアしている。樹里の家庭環境や止界術についての情報が過不足なく開示されつつストーリーの大筋にスムーズに移行する構成は、第一話として非常に整っている。また、この回だけでも、「敵はいったい誰なのか」「なぜ止界術を知っているのか」「どうやって止界に入り込んだのか」「最後に敵を襲った異形は何なのか」というように、視聴者を一気に物語に引き込むのに十分なだけの謎や伏線が盛り込まれている。

 

このように、『刻刻』は先の展開が気になるよう仕組まれたシナリオ構成が秀逸だ。話数が進んでいく中で、それまでに分からなかったことが少しずつ明らかになっていき、また新たな謎が提示される。ある出来事が次の出来事の引き金となり、連鎖的にストーリーが展開される。起承転結の流れが整っているシナリオは観ていて飽きない。

 

ピタゴラ装置でボールが重力に任せてころころと転がり、色んな仕掛けと相互作用しながらゴールへと向かう一連の流れにはある種の 「心地よさ」があるが、『刻刻』のシナリオもそれに通ずるものがある。絶妙なテンポ感と「次はどんな展開(仕掛け)が待っているんだろう」というワクワク感こそ、『刻刻』が視聴者を引き付ける最大の理由だ。

 

キャラクターの魅力

キービジュアルからも感じられると思うが、キャラクターデザインがいい意味で「媚びてない」。見た感じ、どのキャラクターも特徴がなく、そのへんに居そうな一般人っぽさがにじみ出ている。しかしその地味なキャラデザに反し、中身は非常に立っている。それも、「クール系」や「ツンデレ」といった記号的なキャラ付けではなく、「あー、こういうタイプの人いるいる」と感心してしまうようなリアルな人間性だ。

 

『よりもい』や『花咲くいろは』では、人物背景が丁寧に描かれているため、登場人物の一人ひとりに強い実在感があるということを話した。しかしこれは、それぞれの性格に納得がいくだけの根拠と理由があるということであって、現実でよくいるような人物像であるという意味ではない。これに対し『刻刻』では登場人物のバックグラウンドは特に掘り下げられない。というよりもする必要がない。なぜなら、この作品に登場するのは「気が強いけど優しいお姉さん」や「酒飲みで孫想いのおじいちゃん」、「娘に言い負かされがちな、だらしないおやじ」など、どこにでもいそうな人間だからだ。

 

祐川陣営には主人公の樹里(就活生。連敗中。)をはじめとし、樹里のおじいちゃん(いたって普通)、父さん(失業中)、兄ちゃん(引きこもり)、甥っ子(やんちゃ)の5人がいるが、それぞれ考えていることも性格もばらばらで、とても一致団結しているとは言い難い。そしてそれは敵陣営も同じであり、基本的に(樹里とおじいちゃんを除き)どちらも一枚岩ではない。組織としてのまとまりがなく、各人が思い思いに行動するため、彼らの個性が浮き彫りになる。

憎めないおっさん

樹里の父、貴文は特にキャラが立っている。端的に言えば、実直で道徳的な樹里やじいさんと比較して貴文は「俗物」だ。樹里とじいさんは今回の事件の元凶になった「石」を破壊しようと考えているのに対し、貴文は「金も権力も手に入れられる力を自ら手放すなどとんでもない」と考えている。彼も家族のことは大事にしているので悪い奴ではないのだが、いかんせん意地汚さが目立つため、佑河家の他の面々と比較するとダメ人間に映ってしまう。ある意味貴文は最も人間臭いキャラクターであり、この人間臭さがいい味を出している。

 

主人公サイドの面々が家族を救い出すことや敵を倒すことに必死になっている中で私利私欲が混じったおやじがいるという構図は、実はこの作品の「キモ」と言えなくもない。貴文はいわば「緊張と緩和」における「緩和」を生み出す存在だ。シリアスなサバイバルものこそこういう「外れた」人物は重要であるが、貴文はその要素を担うキャラクターとして極めて質が高い。

 

大体の作品はこの位置づけとしてギャグや天然ボケをかますキャラを起用するものだが、こういうあからさまな「外し」は総じてサムい。

 

一方で、貴文は世間一般から観てそこまで外れておらず、むしろ理解できる範疇であるという点がミソだ。娘の樹里や親父があまりに実直で高度な倫理観をもっているため相対的に浮いてしまっているが、貴文の利己的な側面を真っ向から非難できる人はそう多くはないだろう。人間であれば誰しも持っているような「平均的な」意地汚さを緊張の緩和として利用し、シュールな笑いに変換する手法は実に鮮やかだ。貴文が生み出すシュールさは本作の「観やすさ」に大きく寄与していると感じる。

 

強く美しいヒロイン 

ダブルヒロインとなる主人公の祐川樹里と敵陣営の間島翔子の二人も非常に魅力的だ。先にも述べたが決して映えるキャラデザではないし、むしろどちらかと言えば地味だ。テンプレートなキャラ付けもなければ、頬を赤らめるなどのギャップ萌え的な描写も一切ない。にも関わらず「美しい」し、「かわいい」。実際、ネットに転がっている感想を見ても、このダブルヒロインに魅力を感じている人は多いようだ。

 

樹里は前述の通り、「気は強いけどやさしいお姉さん」だ。一方間島は敵陣営にいるものの、彼女なりの目標と強い意思をもっており、他のメンバーと違って根は善良な人間であることが伺える。「冷静で頭が良くてやさしいお姉さん」的な人物だ。二人とも優しくて魅力的な人間なのだが、他の作品のヒロインと比べると極めて「普通」だ。

 

そんな二人が非常に「美しく」、そして「かわいく」感じられる。考えられる要因は、止界中で女性がこの二人のみであり、なおかつこの二人が最も純粋で気高く、強かであるからだ。敵味方関係なく、止界にいるのは男ばかりで、それも大半が人を殺すのを何とも思っていないような外道ばかりだ。そんな状況下でも自身の倫理観を貫き、常に正しく強くあろうとする女性の姿が魅力的に映らないわけがない。また、強さと正しさの裏に垣間見える不安や人間的な脆さが、彼女たちに等身大の魅力を与えている。

 

もう察している人も多いと思うのでネタバレしてしまうが、序盤敵対していたこの二人は最終的に和解する。時間が止まり、動いているのは自分たちと敵のみ。他に助けてくれる人はだれもいない。そんな過酷な状況だからこそ二人の魅力がより映え、彼女たちが和解するシーンも美しく感じられる。『刻刻』のシリアスさをシュールな方向に和らげているのは貴文(親父)だが、清涼感を与えているのはこのダブルヒロインだ。

 

以上のように、『刻刻』では魅力的なキャラクターが重苦しくシリアスな展開をうまく中和している。それぞれの登場人物は他作品と比べて一見地味だが、実際にはしっかりキャラが立っており、キャラ付けも現実的なバランスを保っている。このキャラクターたちの絶妙な配置が本作のシリアスな雰囲気を「ちょうどいい塩梅」に保っているのだ。

 

まとめ&小言

刻刻』はエンタメ性の強い作品だ。『やがて君になる』や『よりもい』のような叙情的な作品とは異なり、「先が読めない展開」や「ドキドキハラハラするスピード感」に強みがある。作品に対する愛着等を一切考慮せず、純粋に話がおもしろい作品を追求するなら、こういう作品が理想的だと思う。そこまで頭を使わずに観られるし後味も爽やかなので、「バーっと一気に観られて面白い1クールアニメない?」と聞かれたらこの作品を教えたくなる。

 

評価を★4にしたのは、なんというかこう、「面白さ」以外の部分が欠けている気がしたからだ。一周目はものすごく面白いのだが、何回も観たくなる、あるいは手元に置いておきたくなるような魅力が本作は薄い。例えば、『宝石の国』 は『刻刻』と同様に予想外の展開が非常に多く、最初に観た時が一番面白かったのだが、あの作品には何度も見返したくなるような芸術性(美術・音楽)と幻想的な世界観がある。『STEINS;GATE』についても、シナリオの面白さに振り切った作品であるという点は共通しているが、あちらの方が登場人物の内面がより深く掘り下げられており、キャラクターに強く感情移入できるという点で『刻刻』を上回っている。

 

ここまで取り上げた作品の中では一番低い★4の評価をつけたが、『刻刻』も十分おもしろい。優・良・可で評価するなら間違いなく優だ。

 

次回は夏に観るといい感じのアニメを紹介する予定。