アニメノギス

理屈っぽいアニメレビュー

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のレビュー:★★★★☆(4.5)

 

キャラクターに「命」を吹き込む無類の表現力 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は2018年冬に放送された全13話のTVアニメ。制作は「京都アニメーション(以下、京アニ)」。

 

当ブログで京アニ作品を紹介するのは今回が初めてとなる。これまで制作会社の話はあまりしてこなかったが、京アニは業界における立ち位置も含めて重要な会社なので説明しておく。

 

 

京アニ」について

一連のニュースで認識している人も多いと思うが、京アニは特別な会社だ。何が特別かというと、作品づくりにおいてとにかく妥協がない。シナリオ・作画・美術・音響の全てが緻密に設計されており、どこをとっても異常にクオリティが高い。他の制作会社が劇場アニメでやるような作業量を、スケジュールが逼迫しがちなTVシリーズで平然とやってのけるのが京アニという会社だ。何から何まですごいのだが、京アニのアニメ制作に対する姿勢が最も分かりやすく表れているのは圧倒的なクオリティの作画だろう。

 

例えば、前に紹介した『花咲くいろは』の制作のP.A.WORKSは作画に信頼のおける数少ない会社の一つだが、京アニはそれよりさらに数段上のステージにいる。現状、作画のクオリティとその安定感で京アニと比肩しうる会社は『Fate』シリーズを手掛けるufotableくらいのものだろう。しかしこの2社はクオリティこそ肉薄しているものの、作画の得意分野が異なっている。ufotableの特色は迫力ある戦闘シーン。対し、京アニが得意とするのは日常におけるキャラクターの細やかな動きだ。瞳の揺らぎ、服のしわ、髪の毛一本一本に至るまで、気が遠くなるくらい丁寧に作り込まれている。アニメーションの語源は「命(anima)を吹き込む」ということだが、京アニは正にその技術に秀でた会社である。

 

本題

結論から言うと『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はめちゃくちゃ泣ける上質な感動作である。なぜ泣けるのか?具体的にどこが優れているのか?それを説明していこう。

あらすじ(公式HPより引用)

感情を持たない一人の少女がいた。
彼女の名は、ヴァイオレット・エヴァーガーデン
戦火の中で、大切な人から告げられた言葉の意味を探している。

戦争が終わり、彼女が出会った仕事は誰かの想いを言葉にして届けること。

――戦争で生き延びた、たった一人の兄弟への手紙
――都会で働き始めた娘から故郷の両親への手紙
――飾らないありのままの恋心をつづった手紙
――去りゆく者から残される者への最期の手紙

手紙に込められたいくつもの想いは、ヴァイオレットの心に愛を刻んでいく。
これは、感情を持たない一人の少女が愛を知るまでの物語。

感情をもたない少女が人の心に触れ、心を理解していくというストーリー。だからこそ、感情の表現が『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のキモなのだが、その表現力がけた外れに高い。キャラクターに命を吹き込む京アニの業が作品の方向性にピタリとはまっている。京アニの卓越した表現力が存分に発揮された本作だが、その中でも特に素晴らしいと感じたのは、まるでそこに「心」があるかのような、生々しい「表情」だ。

 

「表情」に対するこだわり

この点は京アニ作品全体に共通する美点だが、その中でも本作はとりわけ絶品である。様々な感情が滲み出した表情はとにかく自然で、作り物っぽさが一切ない。泣き顔・笑顔・困り顔といった大雑把な分類に基づいた記号的表現なんかとは次元が違う。動きも細やかかつ滑らかで、表情の自然さがより一層際立つ。晴れやかな表情が、今にも叫びだしそうな悲痛な表情が、本心を覆い隠した笑顔が、真に迫った実在感をもって心に訴えかけてくる。キャラクターの表情に説得力があるのは、アニメーターが登場人物の心情を深く把握し、心情に寄り添った表情づくりを徹底しているからだろう。ここが京アニの素晴らしいところであり、他の制作会社がなかなか真似できない点だ。

 

いずれのキャラクターについても非常に丁寧に表情が作り込まれているが、最大の見どころは主人公ヴァイオレットの表情の変化だ。あらすじの通り、本作は感情をもたないヴァイオレットが手紙を書く仕事を通して次第に「心」を理解していくという物語。第1話ではヴァイオレットの表情はそれこそ人形のように固い。受け答えもロボットのようで人間味を欠いている。しかし、色んな人の感情に触れる中で、徐々にヴァイオレットの表情が柔らかくなっていく。本当に緩やかな変化なのだが、そのニュアンスの表現が実にうまい。微かな変化を丁寧に積み重ねているからこそ、中盤以降に見せるヴァイオレットの人間味ある表情が胸に刺さってくる。これから観る人にはぜひここに着目してほしい。

 

実は凄く難しいことをやっている

あらすじからも感じると思うが、ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は何というか、「直球勝負な」作品だ。昨今の本格派アニメとしては、手札の数が少ないという印象が強い。凝った伏線や予想外の展開があるわけでもなければ、個性の強いキャラクターがいるわけでもない。そして何より、見せ方(演出)が極めてストレートだ。

 

ストレートなシナリオや演出で感動を狙うというのは、実はリスキーでハードルが高い。なぜなら、そういった作品では作画や声の芝居が少しでも安っぽいと作品全体が陳腐な印象を与えてしまうからだ。例えば、「涙を流す」という演出はアニメ・実写問わず幅広く用いられるが、その中で実際に視聴者の心を動かすものが一体どれほどあるだろう。僕の経験ではせいぜい2割程度だ。「涙」は他の感情と比べて純度が高く重い感情である分、観客が芝居(作画や声)や脚本に求める水準が高い。そして、その水準を満たさないものは「お涙頂戴」と受け取られかねない。

 

しかし、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にはそういった安っぽさが1ミリもない。「感動を演出しよう」という作り手側の作為が前面に出ておらず、キャラクターが自らの感情で涙を流しているような自然さがある。そして、登場人物が自分の感情で泣いているからこそ、視聴者はそのキャラクターに深く感情移入することができる。つまり、この作品は「正面突破で感動をかっさらう」という難しいことをやってのけており、それを可能にしているのが京アニの優れた「表現力」なのだ。ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の制作が京アニで良かったと心の底から思う。

 

余談だが、最近は感覚的(視覚や聴覚)に気持ちのいい演出を使って観客の心を動かそうとする作品が多く、実際そういう作品の方がウケがいいと感じる(別に悪いことではない)。『君の名は。』や『天気の子』がいい例だ。雨から晴れに天気が一変する描写やRADWIMPSの楽曲によって、「なんだかよく分からないけど感動した」という状況を作り出している。僕が愛してやまない『リズと青い鳥』も音響や美術面で演出の凝った作品だった。そう考えると、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は美麗なビジュアルでありながら、その実飾り気がないというか、質実剛健な作品だなあと思う。 

 

その他の魅力

人物作画以外のこだわりも凄まじい。背景・小物・料理等の作画、美術、色彩、3DCG、音響、およびそれら全ての土台となる世界観設定。全てが細心の注意を払って調整され、完璧に調和している。

 

例えば、3DCG一つとっても気の遠くなるような作業が伺える。作中でヴァイオレット達が用いるタイプライターは3DCGで作られており、それを操作する人間は作画、つまり手書きで描かれる。手書きで作った人間の指の動きに合わせてタイプライターの文字盤を動かすことで、タイピングの一連の動きが完成するのだが、驚くべきはタイプライターにCGとしての違和感が全くないことだ。『宝石の国』のレビューで説明したように、作画の中に存在するCGの違和感を無くすのは非常に困難だ。色合いや質感に加え、動きも作画と異なるからだ。しかし、ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観ていると、3DCGの存在を全く感じない。タイプライターについても、「言われてやっと気づく」くらいだ。これは並々ならぬ努力の上に成り立っている。

 

www.youtube.com

 

他に特筆すべきは世界観の設定。とにかく粗がない。どこかにこんな世界がありそうと思わせるだけのリアリティがある。南北に広がる大陸は、土地によって気候や植生、人々の暮らし方が異なる。トラムが走るレンガ造りの街、こじんまりとした飲食店とそこで出される料理、機能美を感じさせるタイプライターとそれを持ち運ぶための実用的なトランク、それら一つ一つが「嘘くさくない」。地理から小物に至るまで綿密に設定が詰められている。それもそのはず、本作のスタッフには世界観設定と小物設定の二役が割り振られている。普通こういうのは世界観設定で一括りにしそうなものだ。この点からも気合の入り様が伝わってくる。

 

あらゆる要素(色彩や音響なども含めて)のコーディネートが優れているため、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が形作る世界には綻びがない。世界が完成されており、実在感が強いので、作品に没入できる。そして、作品世界への没入は、キャラクターの心情やストーリーに向ける集中力にも繋る。そういった意味でも、スキのない世界観設定とその繊細な描写力は作品全体を支えていると言える。

 

まとめ&小言

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の魅力はいたってシンプルである。それは卓越した「表現力」によって引き起こされる強烈なエンパシーだ。また、設定や美術、背景作画など他の面でも妥協が一切ない。全方位にわたってこだわり抜かれている。京アニの精神性を体現したような作品だ。

 

しかし、そんな本作にも唯一の(そして結構重大な)弱点がある。全13話のうち、1話から10話までのシナリオが完璧すぎるせいで、相対的にラスト3話がトーンダウンしてしまっているのだ。決してラスト3話の出来が悪いわけではないし、もちろん作画や美術面でのクオリティは完璧だ。ただ、一度見た人なら頷けると思うが、第10話があまりに偉大過ぎる。月並みな表現ではあるが、正真正銘の神回だ。また、話の流れとしても、1話から10話までのまとまりが非常に良い。第9話でようやくヴァイオレットの抱える問題に決着がつき、その集大成として第10話で最高の感動を迎える流れは、完璧と言う他ない。結果的にラスト3話の盛り上がりを殺してしまっている。

 

ヴァイオレットという一人の物語に専念した作品なので、13話は長かったのかもしれないと個人的には思う。しかし、これ以外に気になる点はほとんどなかった。心穏やかになれる、素晴らしい作品だ。全人類におすすめしたい。

 

ところで2019年9月6日から3週間、TVシリーズの続編にあたる『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』が全国の映画館で上映される。このレビューを読んで本作が気になった方はNetflixTVシリーズを履修の上、足を運んでみてはいかがだろうか。