アニメノギス

理屈っぽいアニメレビュー

『天気の子』の感想:★★★★(4.0)

 

「売れ線」を突き詰めてたどり着いた一つのジャンル

 

新海誠監督の最新作、『天気の子』を観てきたのでサクッと感想を書いてみようと思う。

 

過去作との比較

一言でいうと『天気の子』は『君の名は。』同様、見る快感を重視した商業作品だった。新海誠監督十八番の精密かつ鮮やかな背景美術、RADWIMPSの現代的でキャッチーな楽曲、ファンタジー要素を取り入れたシナリオ・演出は、「映画館映え」する。そういう意味でこの2作品は非常に商業的でエンタメ性の高い作品だと感じる。

 

一方、同監督の過去作品『ほしのこえ』、『秒速5センチメートル』および『言の葉の庭』は明らかにこれら2作品とは方向性が異なる。直近の2作品が「音楽と映像で観客を圧倒すること」を意図して作られているのに対し、過去作品はあくまで「新海誠が描きたいテーマを表現すること」を中心に作られており、音楽や映像はそのテーマを効果的に演出する上での道具に過ぎなかった。『秒速5センチメートル』にしても『言の葉の庭』にしても見どころはあくまでも美しく切ないシナリオで、映像と音楽はそれに寄り添っているという印象が強かった。キャラクターデザインや美術の方向性もどちらかと言えば地味で寂寥感に溢れたもので、それが切ない物語にマッチしていた。そのため、昔の新海誠作品のファンからすれば今の作品は「美しくない」と感じるわけだ。

 

『天気の子』と『君の名は。』が賛否両論あるのにはこういう背景がある。純粋に映像作品として観るならば、これら2作品は非常に完成度が高い。「脚本が~」とか「ここの声優の演技が~」とかあれこれ考える必要もなくただ見ていて気持ちいい(僕のようにあれこれ気にするのが趣味の奴もいるが)。

 

確かに売れ線だしずるい手法と思えなくもないが、他の監督が同じことをやっても絶対に真似できないだろう。というか実際真似しようとしてできていない。それだけ高度なことをやってのけているということだ。過去作品を引き合いに出し、「かつての新海誠はもういない...」などと訳知り顔で世論に逆らうのはまったくもってナンセンスだ(ブーメラン)。肝心なのはどちらの作風が好みかということ。そこに絶対的な優劣などない。

 

「懐古厨」としての価値観の変化

正直『天気の子』を実際に観るまで、僕は最近の新海誠監督の作風に否定的だった。『君の名は。』を観た当時はそれはもう不満たらたらだった。その不満は次のようなものだ。

 

 ①「ただのミュージッククリップじゃねえか!」

 ②「俳優を声に使うな!声優使え!」

 ③「中身が...ない...」

 

①についてはもうそのままの意味で、RADWIMPSの楽曲が出しゃばり過ぎているのが気に入らなかった。アニメは中身が肝心なのであってバンドの存在感があそこまで大きいのはアニメファンに対する冒涜とさえ思った。

 

②については『君の名は。』に対する非難というよりは大衆向けの劇場アニメ作品全体に対する不満だ。そもそも声優経験のない人気俳優・女優を使って話題性を高めるという手法そのものがくさい。加えて、「ちょっと棒読みっぽいのがリアルっぽくて逆にいい」みたいな風潮が許せない。「アニメってのはデフォルメされたキャラクターに声をのせるものなのに現実と同じトーンの声当ててどうすんねん!声浮きまくっとるやろ!」と思ったことが少なからずある。③についてもそのまんま。作品を観終えた後、自分の心になにも残らなかったからだ。

 

とまあ、君の名はガチアンチだった僕なのだが『天気の子』を観たことでその考えが割と変わった。

 

新たなジャンルの確立

今回『天気の子』を観るにあたって「先入観を捨てる」ということを肝に銘じた。声に俳優を使っていることとかRADWIMPSとタッグを組んでいること等はとりあえず置いておいて、純粋に作品を楽しむことを目指したのだ。

 

その結果、『天気の子』は「売れ線」ではあるが決してバカにできない作品であることが分かった。その理由は次の通りだ。

 

 ①主役二人+小栗旬+本田翼の演技がハマっていた

 ②RADWIMPSが(『君の名は。』ほど)出しゃばり過ぎていない

 ③ストーリーが単純明快でキャラクターが魅力的

 

まず、声の演技は素晴らしかった。というのも、主要キャラクターを担当する俳優・女優がしっかりと「アニメの声優」をしていたからだ。現実の会話よりもやや早いテンポ感やちょっと明るめのトーンがちゃんとアニメの演技になっているし、何より声そのものがキャラクターのイメージとばっちり合っていた。また、主役二人に知名度の低い役者を採用したことについて新海誠監督は「まだ何色にも染まっていない感じがぴったりだった」と説明していたが、その意図もよく伝わってきた。クオリティを実現してくれるなら本業が声優だろうとなかろうと一切関係ないなと考え方が変わった(まあ多くの場合そのクオリティを満たしていないのだけれど)。

 

②に関しては『君の名は。』からマイナーチェンジした点だ。正直『君の名は。』のRADWIMPSを使った演出は「クサすぎる」と個人的に思っているが、本作はその部分がちょうどいい塩梅になっていたように感じる。より具体的に言うならRADWIMPSの存在感が前作よりも薄まった。これは純粋に作品の「中身」に目が行きやすくなるという意味で歓迎すべきポイントだ。

 

最後の③について。僕は『天気の子』の魅力の本質はこれだと感じた。まず、ストーリーがシンプルで非常に話が追いやすいため、ストレスなく見ることができる。起承転結の流れがきれいでテンポもちょうど良い。そして主要キャラクター5人が非常に魅力的。これが最大のポイントである。キャラデザが優れているというのもあるが、何よりもキャラの魅力を引き立てる脚本が光っている。例えば物語の終盤、本田翼演じる夏美が叔父の圭介を責め立てるシーン。「え!?穂高クン(主人公)追い出したの?ありえないサイッテー、罪悪感浸ってたばこ解禁とかさらにダサすぎ...加齢臭移るから隣座らないでね?」というセリフ(こんなかんじ。正確には記憶していない。)。さばさばした夏美が畳みかけるように叔父を非難するこのシーンはキャラの魅力と人間臭さをぐっと引き立てている。他にはメインヒロインの陽菜の弟でイケメンモテモテ小学生の凪についても「髪巻いた?すごく似合うね」「付き合うまではハッキリさせて付き合ってからは曖昧な態度をとる。基本だろ?」など、きざなセリフがキャラを引き立てている。小栗旬が演じる圭介は渋くてかっこいいしメインヒロインの陽菜はめちゃめちゃかわいい。ぶっちゃけ陽菜と夏美というダブルヒロインがかわいくなかったらこの作品は絶望的につまらないと思う。それくらい『天気の子』はキャラの魅力で成り立っている。

 

昔の新海誠作品のキャラクターにはこんな個性は無く、どちらかと言えば常に物憂げな表情の辛気臭いキャラクターばかりだった。そういうキャラが登場する鬱シナリオの中に、日常風景の儚い美しさやほんのわずかな希望を忍び込ませるのがかつての新海誠の持ち味だった。しかし今やその作風は大きく変わった。ポップなキャラデザ、コントのようなテンポと明るさのある脚本が合わさって作り出されるキャラクターの躍動感が今の新海作品の大きな武器になっている。繰り返すがこれは方向性の変化であって絶対的な優劣はない。どちらが好みかというだけの話だ。

 

そして彼の作品には、持ち前の高精細で色鮮やかな美術という圧倒的な武器、そしてそれに音楽を乗せる現代的なセンスがある。新海誠の『君の名は。』が特別な作品になったのは、「キャラ・神作画・音楽」の三拍子が揃った、今までにありそうでなかったジャンルだったからだ。「売れ線」だけど、新海誠にしかできない新しいジャンル。そしてそのジャンルは今作『天気の子』によってより確固たるものになったと思う。

 

まとめ&小言

少し持ち上げすぎたので最後に僕の本心を書いておく。正直僕は『君の名は。』や『天気の子』よりも昔の新海誠の作品の方が好きだ。それは今でも変わらない。確かに今作を観たことで、こういうのも悪くはないなと思えた。その理由は、『天気の子』がただ売れ線に走っただけの作品ではなく、声優や作画、キャラの魅力、音楽といった部分で高い完成度を実現していたからだ。だがどうしても心の底からは好きになれない点がある。それは心に強く訴えかけるものがないことだ。例えば、『響け!ユーフォニアム』には「努力の先にあるもの」という一つの大きななテーマがあり、このテーマの普遍性と京都アニメーションの優れた表現力が視聴者の心を強く揺さぶる。一方、『天気の子』は面白くはあるが、そういう強く心に響く「何か」がないと思った。

 

「心に響く『何か』がない」というのはつまるところ、「主人公に感情移入できない」ということなのだろう。最後の山場における主人公穂高の行動と言動や、それに対する周囲の人間の反応に共感できない。もっと言えば作品にのめり込むことができない。で、それはなぜかというと登場人物のバックグラウンドが十分に掘り下げられておらず、その人がとる行動に視聴者が納得できるだけの理由がないからだ。演出は壮大なのにシナリオの熱量がしょぼい。この不釣り合いは『天気の子』が抱える最大の問題点である。したがってこの作品を手放しで褒めるというのは個人的に「ない」と思う。

 

褒めたり批判したりしてきたが、『天気の子』は万人受けするエンタメ作品として非常に高いクオリティを持っているのは間違いない。ただ僕には心に残るお気に入りの一本にはならなかったので★4つとした。『君の名は。』アンチは一度先入観を捨てて観ることをお勧めする。